台東縣では、今までもご紹介してきました通り、老若男女に対するあらゆる積極的な政策が実行されています。
若者に対しても、高齢者に対しても、誰も取り残さない台東縣政府の姿勢、台東縣縣長(知事)の饒慶鈴氏の姿勢は、今の日本の地方行政首長に一番欠けている部分ではないかと感じます。
票集めのための政治ではなく、台東縣民のための、そして、台東縣のための政治を行い、成果を出している饒慶鈴縣長。

その饒慶鈴縣長が台東縣の若者に対して以下の様なコメントを発表しました。
「『時代が若者を試し、若者が時代を創る』——
なんと情熱に満ちた志でしょうか。若者はとても重要な存在であり、丁寧に育てていく必要があります。
だからこそ私は、青年団の設立を特に重視し、台東の未来を担う人材を育てたいと考えてきました。
40歳になるまでに、私は二度、青年団に参加した経験があります。
一度目は、海外から帰国し県議会議員選挙に立候補しようとしていた頃、党部が青年団を立ち上げると聞いて参加しました。しかし、講習は一度きりで、その後は皆と連絡が途絶えてしまいました。
二度目は、副議長を務めていた時期、馬英九氏の総統選挙を支援するため、複数の県市議員が集まり「青年問政連盟」を結成し、中央委員選挙に挑戦しました。体系的な訓練はありませんでしたが、民意の洗礼を受けてきた多くの優秀な人材と出会い、価値観も近く、意思疎通がとてもスムーズでした。今でも頻繁に連絡を取り合っています。
この二つの青年団の経験——「訓練の有無」「専任体制の有無」——は、私が青年団を設立する上で、最も貴重な学びとなりました。
縣長に就任後、まず文化青年観察団と原住民青年団を立ち上げました。
そして2年後、その中から20名を選抜し、第一期青年団を結成しました。定期的に県外視察、海外視察、年次総会を行い、私は必ず全行程に参加しています。
団体生活は、いわば「革命的な仲間意識」を育みます。優秀な人材が集まれば、互いに刺激し合い、新たな火花が自然と生まれます。
台東には確かな底力があり、若者たちも非常に優秀です。並べてみれば、まさに俊英ぞろい——台東大学の学生会会長を務めた4名、台東屈指の高校生、行政院の農業顧問、さらにはビジネス界・政界の人材まで。彼らを海外や県外へ連れて行くことは、学びの場であると同時に、台東を世界に発信する最良の機会でもあります。
詩人カリール・ジブランはこう語っています。
「偉大な人には二つの心がある。一つは血を流す心、もう一つは寛容な心である。」
これが、私が青年団の人材を選ぶ際の基準です。その中の誰かが、やがて台東を“偉大な場所”へ導く重要な存在になるかもしれません。」



単に団体を立ち上げるだけならば条件さえ整えば誰にでも出来る事です。
しかし、一番の問題はその団体がどの様な活動を行い、どの様な成果を生み出すか。さらには、持続可能な団体であるかです。
縣長(知事)自らが団体を立ち上げ、そして、その団体の活動に、必ず、自分自身も参加をする。これは簡単な事ではありません。
しかし、饒慶鈴縣長はそれを実行し続けています。だからこそ、各団体は行動し、成果を生み出している。
都会とは違い、台湾のへき地と呼ばれた台東縣を、饒慶鈴縣長のリーダーシップの元、台湾No.1の地域へと生まれ変わらせた。
リーダーの意識が変われば、職員の意識も変わる。そして何よりも、地域住民の意識も変わる。
意識変革があってこその地域活性化ではないでしょうか。
出典:台東縣政府
写真:同上
この記事は2026.01.23台東縣政府発表の内容を日本語訳し活用したものです。原文と相違がある場合は、公式サイトに掲載されている原文が優先されます。